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名古屋地方裁判所 昭和62年(行ウ)38号 判決 1993年2月03日

名古屋市西区上名古屋1丁目2番11号

原告

山口治久

右訴訟代理人弁護士

森山文昭

渥美雅康

松本篤周

仲松正人

加藤美代

名古屋市西区押切2丁目7番21号

被告

名古屋西税務署長 西尾英幸

右指定代理人

玉越義雄

山下純

三輪峻治

大沢明広

主文

一  被告が原告に対していずれも昭和61年2月21日付けでした,昭和58年分所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定のうち,総所得金額が2,912,017円を超えるとしてされた部分,並びに昭和59年分所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定のうち,総所得金額が2,366,437円を超えるとしてされた部分をいずれも取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し,その一を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対していずれも昭和61年2月21日付けでした,昭和57年分所得税及び昭和58年分所得税についての各更正のうち総所得金額が1,600,000円を超える部分及び各過少申告加算税の賦課決定並びに昭和59年分所得税についての更正のうち総所得金額が1,650,000円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件更正の経緯等

(一) 原告は,理容店を経営しているものであるが,昭和57年分から昭和59年分まで(以下「本件係争各年分」という。)の所得税について,いずれも法定申告期限内に,次のとおり確定申告した。

昭和57年分 総所得金額 1,600,000円

税額 43,000円

昭和58年分 総所得金額 1,600,000円

税額 35,700円

昭和59年分 総所得金額 1,650,000円

税額 0円

(二) これに対し,被告は,いずれも昭和61年2月21日付けで次のとおりの各更正処分(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各決定」という。)をした。

昭和57年分 総所得金額 3,339,472円

税額 275,600円

過少申告加算税 11,500円

昭和58年分 総所得金額 3,571,295円

税額 300,600円

過少申告加算税 13,000円

昭和59年分 総所得金額 3,407,638円

税額 213,500円

過少申告加算税 10,500円

2  本件各更正及び本件各決定の違法事由

(一) 原告の総所得金額は前期1(一)記載のとおりであるから,本件各更正のうち,総所得金額が右各金額を超える部分及び本件各決定は,いずれも違法である。

(二) また,本件各更正は,原告が名古屋西民主商工会(以下「民商」という。)の会員であることを理由にした差別的報復的処分であり,憲法14条,19条及び21条にも違反するものである。

3  よって,原告は,被告に対し,請求の趣旨記載のとおり,本件各更正及び本件各決定の取消を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は否認ないし争う。

三  本件各更正及び本件各決定の根拠に関する被告の主張

1  推計の必要性

(一) 原告の調査非協力

(1) 被告は,原告の本件係争各年分の事業所得の金額を確認するため,被告の係官が昭和60年9月10日,同年11月26日及び昭和61年1月20日の3回にわたって原告方に赴くなどして原告の所得税調査を行い,原告に対し再三にわたって帳簿書類等の提示を求めたが,第1回及び第2回の調査の際には,原告は「帳面は全く付けていない。領収書など何も取っていない。」,「きちっと見せられるような書面は付けていない」,「家計簿に毛の生えたようなものは付けている」などと述べるのみで帳簿資料を提示しなかった。また,原告の妻山口令子(以下「令子」という。)は,2回にわたって名古屋西税務署に被告係官を訪ねているが,その際係官から計算できるものがあれば提出して欲しい旨依頼されたにもかかわらず,何らの帳簿書類を提出しなかった。

(2) 原告は,昭和61年1月20日の係官の第3回の調査の際に,初めて令子が記帳していたという収入,支出に関するノート(甲四。以下「収支ノート」という。)を係官に提示したが,係官がコピーしたい旨の申出をしたにもかかわらず,民商事務局次長山本平和(以下「山本」という。)が拒否するに任せ,山本のほか調査に関係のない民商の会員10名近くを立ち会わせた上,収支ノート等について何らの説明もしなかった。

また,原告は,レジペーパーなどの書類及び令子が確定申告時に作成したという収支ノートを集計した書類を係官に一度も提示しなかった。

(3) このように,原告は,本件係争各年分の事業所得の金額の算定に必要な帳簿書類を出し渋った末に,提示した収支ノート等についても何ら具体的な説明をしなかったばかりか,多数の民商会員を集めて係官に精神的圧迫を加える行動に出て調査に非協力な態度に終始した。

(二) 収支ノートの記帳状況

原告の提示した収支ノートは,次に述べるように,記帳状況が劣悪であり,また記載内容に信憑性がないので,日々の取引を正確に記帳したものと認めることができず,その記載内容からは実額計算が不可能である。

また,原告は,調査の当初から,帳簿等はないとの態度であったのに,被告係官が推計計算をした額を原告に示した後に収支ノートを提示したのであって,信用することができない。

(1) 収入金額に関する事項について

① 収入金額を確認するためのレジペーパーが提出されていないので,記載の真偽を確認することができない。

② 現金残高の記載がないので,現金有高との照合ができない。

③ 令子は,定休日(毎月曜日及び第1,第3火曜日)のほかに臨時休業をした場合には,その理由を収支ノートに記載した旨述べているところ,収支ノートには,定休日でないのに,臨時休業をした旨の記載がなく,かつ,収入金額が記載されていない日があるので,収入の計上漏れがあったと考えざるを得ない。

④ 昭和58年9月30日については,収支ノートの収入金額欄に記載がなく,支払金額欄に「13,700円」と記載されているが,これは収入金額であり,その計上漏れである。

⑤ 収支ノートの昭和59年9月20日の収入金額は,「19,500円」を消して「9,000円」とされているが,書き替えの根拠が明らかでなく,改ざんされた可能性がある。

⑥ 原告の理容料金は,100円単位であるというのであるから,収入金額には100円未満の端数はつかないはずであるのに,これに端数のある日がある。中には,その日の収入金額に支払金額を合計すると端数がなくなるものがあり,収入金額として支払金額を差し引いた残高を記載したのではないかと窺えるものもある。

⑦ 収支ノートの記載に基づいて山本が作成したという集計表の総収入金額は,昭和58年分及び昭和59年分の月別の収入金額を集計する段階でそれぞれ200,000円加算されているが,その理由が明らかでない。

⑧ 原告は,従業員の食費を全て支払っているというが,収支ノートには米代金について一部記載があるだけであるから,食費として支出された金額に見合う収入金額が計上漏れとなった可能性が高い。

⑨ 原告の各預金の借入金の返済額を合計すると,昭和59年分で4,000,000円を超えるが,収支ノート記載の収入金額からは,必要経費及び生活費を支出した上に4,000,000円もの借入金を返済することは不可能であり,収入金額の過少計上の可能性が高い。

(2) 必要経費に関する事項について

① 原告は,収支ノートに記載されている必要経費の支払を基礎付ける証拠をほとんど提出しておらず,その支払の事実の存在を確認することができない。

② 原告は,収支ノートに全ての必要経費を記載しているのではないことを自認しており,必要経費の記載がずさんで信用できない。

③ 収支ノートに記載された人件費は一部にすぎず,その理由が明らかでない。

④ 昭和57年8月9日の「富士石油」への「19,100円」の支払を裏付ける資料がない。

(3) その他の事項について

① 令子は,収支ノートには,店の売上,店に関係した支払,店に関係した預金の出入りをなるべく記載するようにした旨述べているが,銀行預金の現金預入額に対応する現金の出金が多数記載されていない。

② 収支ノートには,事業収入から家計費への支払の記載がなければならないのに,家計費が支出されたとする記載はない。

③ 収支ノートに基づいて記載されたという集計表の金額により所得金額を計算すると,原告の申告所得額を下回る金額となる。

④ 原告の確定申告額,集計表による所得金額及び実額主張額のいずれもが異なっているが,その理由が明らかでない。

(三) 以上のとおり,原告の本件係争各年分の事業所得の金額を実額で算定することはできないのであるから,推計の必要性は十分存する。

2  推計の合理性

被告は,原告と業種,業態,所在地,事業規模等を念頭に置いて定められた,上級官庁である名古屋国税局長からの一般通達である別紙一「類似同業者の抽出基準」記載の基準(以下「本件抽出基準」という。)に従い,原告と類似する同業者(以下「類似同業者」という。)を無作為,単純かつ機械的に抽出し,その結果抽出された13件の当該各年分における従事員一人当たり収入金額及び経費率(総収入金額に対する売上原価を含む一般経費の額の割合をいう。)の平均値を別紙二ないし四のとおり算定し,右各平均値を適用して,原告の営む理容業にかかる事業所得の金額を推計により算出したものであるから,被告の恣意が介在する余地は皆無であり,その正確性と合理性が担保されているので,本件推計には合理性があるというべきである。

3  原告の所得金額

推計によって,原告の本件係争各年分の事業所得の金額を算出すると,その金額は次のとおりである。

(一) 昭和57年分

(1) 総収入金額 13,711,874円

右金額は,類似同業者の昭和57年分の従事員一人当たり収入金額2,493,068円に,被告調査による原告の稼働従事人員5.5人(同年の従事員は原告,令子,棚橋一夫,本庄弥一,横山文夫及び神谷磨知であるが,神谷の稼働は7月から12月までの0.5人である。)を乗じて求めた。

(2) 一般経費(売上原価を含む。) 3,478,703円

右金額は,前記(1)の総収入金額に,類似同業者の昭和57年分の経費率25.37%を乗じて算出したものである。

(3) 特別経費の額 5,822,821円

その内訳は次のとおりである。

① 人件費 4,120,000円

② 借入金利子 766,264円

③ 地代家賃 717,000円

④ 建物償却費 219,557円

なお,地代家賃につき,車庫賃料(1台分1か月10,000円)は,原告は令子が自動車運転免許を持っていることから原告の家族のために自家用車両を購入しているものであるので事業上の必要経費とは認められない。仮に右車両を客の送迎及び従業員の福利厚生に使用したことがあったとしても,経費の主たる部分が事業所得を生じる業務の遂行上必要であるとはいえないし,また必要である部分を明らかに区分することもできないから,必要経費とは認められない。

(4) 事業専従者控除額 400,000円

(5) 事業所得の金額 4,010,350円

右金額は,前記(1)の総収入金額から,同(2)の一般経費,同(3)の特別経費及び同(4)の事業専従者控除の額を控除して算出した金額である。

(二) 昭和58年分

(1) 総収入金額 12,564,065円

右金額は,類似同業者の昭和58年分の従事員一人当たり収入金額2,512,813円に,被告調査による原告の稼働従事人員(同年の従事員は原告,令子,本庄,横山及び神谷である。)5.0人を乗じて求めた。

(2) 一般経費(売上原価を含む。) 3,401,092円

右金額は,前記(1)の総収入金額に,類似同業者の昭和58年分の経費率27.07%を乗じて算出したものである。

(3) 特別経費の額 4,934,658円

その内訳は次のとおりである。

① 人件費 3,100,000円

② 借入金利子 908,101円

③ 地代家賃 707,000円

④ 建物償却費 219,557円

地代家賃につき,車庫賃料が必要経費と認められないことは,前記(一)(3)と同様である。

(4) 事業専従者控除額 400,000円

(5) 事業所得の金額 3,828,315円

右金額は,前記(1)の総収入金額から,同(2)の一般経費,同(3)の特別経費及び同(4)の事業専従者控除の額を控除して算出した金額である。

(三) 昭和59年分

(1) 総収入金額 12,202,570円

右金額は,類似同業者の昭和59年分の従事員一人当たり収入金額2,440,514円に,被告調査による原告の稼働従事人員(同年の従事員は,原告,令子,本庄,横山及び神谷である。)5.0人を乗じて求めた。

(2) 一般経費(売上原価を含む。) 3,148,264円

右金額は,前記(1)の総収入金額に,類似同業者の昭和59年分の経費率25.80%を乗じて算出したものである。

(3) 特別経費の額 4,970,267円

その内訳は次のとおりである。

① 人件費 3,150,000円

② 借入金利子 953,710円

③ 地代家賃 647,000円

④ 建物償却費 219,557円

地代家賃につき,車庫賃料が必要経費と認められないことは,前記(一)(3)と同様である。

(4) 事業専従者控除額 450,000円

(5) 事業所得の金額 3,634,039円

右金額は,前記(1)の総収入金額から,同(2)の一般経費,同(3)の特別経費及び同(4)の事業専従者控除の額を控除して算出した金額である。

4  本件各更正及び本件各決定の適法性

原告の本件係争各年分の所得はいずれも全て事業所得であるから,前記3(一)ないし(三)の各(5)記載のとおりの事業所得の全額が総所得金額となるところ,本件各更正にかかる本件係争各年分の総所得の金額は,前記一1(二)記載のとおりであり,いずれも右総所得金額の範囲内であるから,本件各更正は適法である。また,本件各決定も,本件各更正により原告が納付すべき所得税額に基づいて過少申告加算税を算出したものであるから適法である。

四  被告の主張に対する原告の答弁

1(一)(1) 被告の主張1(一)(1)の事実のうち,被告の係官が3回にわたり原告方を訪れたことは認めるが,所得税調査を行い,帳簿書類の提示を求めたことは否認する。被告係官から帳簿を見せて欲しいという要求がなされたことは全くなかった。

(2) 同1(一)(2)の事実のうち,原告が昭和61年1月20日に収支ノートを被告係官に見せたのが初めてであることは否認する。同日の調査に民商の会員を立ち会わせたことは認める。原告は,昭和60年12月20日の名古屋西税務署に赴いた際,那須統括官に対して収支ノートを提示している。

(3) 同1(一)(3)の事実は否認する。原告は,調査を拒否するとか説明を求められて答えなかったというように,調査に非協力的な態度をとったことは一度もない。

(二) 同1(二)の事実は否認する。原告は,収支ノートをきちんと付けており,少なくとも売上については,収支ノートによって完璧に実額を把握することが可能であった。以下,被告の主張について反論する。

(1)  収入金額に関する事項について

① 収支ノートの記載に当たっては,常にレジペーパー及び現金有高との照合がされていたのであるから,その後レジペーパーが廃棄されたからといって,収支ノートの信憑性が否定されるものではない。

② 収支ノートに現金残高の記載がないのは,これが現金管理の帳簿すなわち現金出納帳として作成されたものではないからである。

③ 収支ノートに収入金額の記載がなく,臨時休業をしたことがうかがわれる日についても営業をしていたことは,被告において具体的に立証すべきである。

④ 昭和58年9月30日の記載は書き間違いであり,このために収支ノート全体の信憑性を否定することはできない。

⑤ 昭和59年9月20日の記載は誤記を訂正したものであることが窺われるのであり,改ざんなどといえるものではない。

⑥ 子供などが持参した金額が足らない場合に,端数のまま受領することもあるのであって,必ずしも,支払金額を差し引いたものを収入金額として記載したものではない。仮に,そういえるものがあったとしても,その分については,支払金額を加算した金額をもって収入金額とすべきであるといえるにとどまり,収支ノートの記載全体が信用できないとすることはできない。

⑦ 山本作成の集計表について,被告の主張するような事実はない。

⑧ 原告は,従業員に食費としていくらかの金額を支払っていたのではなく,原告の家で食事をさせていたのであるから,従業員の食費を計算したこともなかったのであり,これが収支ノートに記載されていないのは当然である。

⑨ 昭和59年中の4,000,000円を超える返済資金は,そのほとんどを借入によるやりくりで賄っていたのであり,この返済があることをもって,収支ノートに記載の収入金額が過少であるということはできない。

(2)  必要経費に関する事項について

① 領収書等の裏付け資料がないのは,レジペーパー等とともに廃棄してしまったからであり,これが提出されないから収支ノートの記載が信用できないとすることはできない。

② 必要経費の全てを記載していないことと,記載されたものが信用できないこととは別物であり,収支ノートには付け落ちはあるものの,記載内容が正確であることは明らかである。

③ 富士石油への支払を裏付ける資料がない理由は前記のとおりであるから,このことを理由に収支ノートの記載の信用性を否定することはできない。

(3)  その他の事項について

① 収支ノートの前記性格からして,現金預入に対応する出金や家計費支出が記載されていなくても,その記載を信用できないということはできない。

② 山本作成の集計表には計算間違いや経費としての計上の可否について若干間違っていたものがあり,また,原告の本件申告は,申告所得金額が下がると金融機関からの借入に差し支えることなどの理由から,必ずしも厳密な計算をしてしたものではないから,これらと本件訴訟で原告が主張している所得金額が異なるのは当然で,収支ノートの信憑性とは無関係である。

(三) 同1(三)は争う。本件では推計を行う必要は全くなかったのであり,推計による課税は,推計の必要性がある場合に初めて認められるものであるから,推計の必要性がないにもかかわらず行った本件推計課税は,それだけで直ちに取り消されるべきである。

2 同2の主張を争う。

(一) 被告は,収支ノート等によれば,少なくとも売上は実額で正確に把握することができたにもかかわらず,これを放棄して,極めて安易に推計を行った。確かに,収支ノートの経費の記載は不十分であったが,後記五に述べるとおり,収支ノートに基づいて現実の売上を把握し,経費については可能な限り実額で把握するとともに,実額が判明しない部分については,本人比率に基づいて一部を推計するという方法の方が,本件において被告のした推計方法(以下「本件推計方法」という。)よりも,原告の真実の所得額に限りなく近い数値を求めることができるのである。

(二) 本件における推計は,訴訟提起後被告によって発せられた通達に対する回答に基づいて原告の所得を推計し,これを訴訟で主張しているものである(いわゆる通達回答方式)ところ,この方式の特徴は,抽出された同業者は,符号で呼ばれ,その住所,氏名等が一切明らかにされず,各同業者の青色申告書すら証拠として提出されないところにある。すなわち,右の方式は,原告からの反証を封ずるために考案されたものであるから,このような方法によって原告の所得を推計すること自体が許されず,被告の主張は,一切その証明がないものといわざるを得ない。

また,抽出の客観性が担保されており,かつ,抽出過程に合理性があることについての証明は,一切されていない。

(三) 本件抽出基準には,次のような問題店がある。

(1)  理容業において,通常その所得金額を左右すると思われる重要な要素である筈の,従業員の中で理容師免許を持っている者の数,店舗面積,椅子の数,料金体系,駐車場の有無などが全く考慮されていない。

(2)  立地条件についても,店舗が名古屋市西区地内に所在していることが考慮されているだけで,それ以外の要素が全く考慮されていないばかりか,営業実態に全く関係ない西区地内に所得税の納税地を有する(すなわち,住所地が西区内にない者は,類似同業者から除外される。)との基準が持ち出されている。

(四) 本件推計には,次のような欠陥がある。

(1)  昭和56年5月に低料金システムによる理容店が原告の近所に出店したため顧客が減少したのに,被告が抽出した類似同業者については,本件係争年中に低料金システムの店が近くにできた同業者があるという証明はない。

(2)  原告は,年配の人などにも多く来てもらうため薄利多売の経営方針で営業しているので,料金体系が普通の店に比べて安いことなどを特殊事情として考慮すべきであるのに,原告の店について,顧客の他の店に比べて多かったか否かは調査されていない。

(五) 被告の主張する同業者比率法が合理的であるといえるためには,どのような理容業者でも従事員一人当たりの売上金額はほぼ同一であるという前提が認められなければならないが,従業員一人当たりの売上金額は,当該店舗の立地条件,料金体系,店員の理容技術等々によって必ずしも一律ではない。

そして,原告は,神谷を顧客が増えたから雇ったものではなく,親しい友人から頼まれてやむを得ずに雇ったものであるところ,同人の業務は,他の従業員が折を見て容易に代行し得るものである上,同人はほとんどまともに仕事ができなかったのであるから,同人を従事員として教えることは誤りである。

また,令子が携わっていた業務は,客の回転とは無関係のもので売上には直接の貢献をしていないものであるから,同人を従事員の一人として数えることは誤りである。その上,令子は,次女の出産により,その入院期間中だけでなく,退院後も育児等に手間をとられていたのであるから,それまでどおりの仕事はできなかったのである。

3(一)(1) 同3(一)(1)のうち,被告が主張するような計算方法により推計したこと並びに令子及び神谷を除く換算従事人員については認めるが,その余は否認する。

(2)  同3(一)(2)のうち,被告が主張するような計算方法により推計したことは認めるが,その余は否認する。

(3)  同3(一)(3)の事実のうち,特別経費の額及び③地代家賃の額については否認し,その余は認める。特別経費の額は,5,942,821円であり,地代家賃の額は837,000円である。原告は,その所有自動車を客の送り迎えの業務,従業員の帰省や行楽等従業員の福利厚生のために使用していたものであるから,車庫賃料(1台分1か月10,000円)も必要経費と認められるべきである。

(4)  同3(一)(4)は認める。

(5)  同3(一)(5)は争う。

(二)(1) 同3(二)(1)のうち,被告が主張するような計算方法により推計したこと並びに令子及び神谷を除く換算従事人員については認めるが,その余は否認する。

(2) 同3(二)(2)のうち,被告が主張するような計算方法により推計したことは認めるが,その余は否認する。

(3) 同3(二)(3)の事実のうち,特別経費の額及び③地代家賃の額については否認する。その余は認める。特別経費の額は,5,054,658円であり,地代家賃の額は827,000円である。車庫賃料が必要経費として認められるべきことは,前記(一)(2)のとおりである。

(4)  同3(二)(4)は認める。

(5)  同3(二)(5)は争う。

(三)(1) 同3(三)(1)のうち,被告が主張するような計算方法により推計したこと並びに令子及び神谷を除く換算従事人員については認めるが,その余は否認する。

(2) 同3(三)(2)のうち,被告が主張するような計算方法により推計したことは認めるが,その余は否認する。

(3) 同3(三)(3)の事実のうち,特別経費の額及び③地代家賃の額については否認する。その余は認める。特別経費の額は,5,115,267円であり,地代家賃の額は792,000円である。車庫賃料が必要経費として認められるべきことは,前記(一)(2)のとおりである。

(4)  同3(三)(4)は認める。

(5)  同3(三)(5)は争う。

4 同4は争う。

五  原告の実額主張

原告の本件係争各年分の所得金額は,収支ノートに基づき,一部経費の記帳の不十分なものを合理的方法による部分的推計によって補うことにより算出でき,その金額及び内訳は,別紙五記載のとおりである。収支ノートは,令子が日々原始資料に基づいて記帳していたものであり,その記載内容は信用できるものである。なお,別紙五のうち,収入金額1は,収支ノートの収入金額を集計したものであるが,昭和58年については,明らかに誤記により集計から洩れてしまった同年9月30日の13,700円を加算したものである。また,収入金額2は,臨時休業等でなく計上洩れであると被告が指摘するもの及び収入金額に100円未満の端数の記載があるとして被告が支払金額控除の可能性を具体的に指摘するものを,仮にそうであるとして計算し直したものである。さらに,収入金額3は,収入金額に100円未満の端数の記載があるとして被告に支払金額控除の可能性を指摘されたものすべてについて,仮にそうであるとして計算し直したものである。

右実額主張は部分的推計を含むが,被告の推計方法に比して遥かに原告の実額に近い所得を算出するものであるから,被告のした推計は取り消されるべきである。少なくとも,右収入金額1ないし3を実額を超える部分は取り消されるべきである。

六  実額主張に対する被告の答弁

別紙五の⑰人件費,⑱借入金利子,⑳建物償却費を除いては否認ないし争う。収支ノートの記載はずさんであり,信憑性のあるものとはいえないから,これに基づいて原告が主張する収入金額及び必要経費は,到底原告の全ての収入金額及び必要経費を網羅するものとはいえない。また,原告は必要経費を部分的推計によって補って算出しているので実額主張とはいえない。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の証書目録及び証人等目録に記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件各更正の経緯等)については,当事者間に争いがない。

二  被告の処分の適法性について

1  請求原因2(二)については,本件全証拠によっても原告が民商会員であることを理由として差別的報復的に本件各更正を行った事実を認めることはできないから,この点に関する原告の主張は失当である。

2  推計の必要性について

(一)  本件各更正は原告の事業所得を推計により算出してしたものであること,被告係官が昭和60年9月10日,同年11月26日及び昭和61年1月20日の3回にわたり原告方に臨場したこと,第一回及び第二回の臨場の際には,原告から本件係争各年分の確定申告の所得金額の計算の基礎となった帳簿書類の提示がなかったこと,第三回の臨場の際に収支ノートの提示があったこと,その際山本ほか民商の会員数名が立ち会っていたこと,原告から右収支ノートの記載の裏付けとなり得るレジペーパー等の原始書類の提示はなかったこと,以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  右の事実及び証拠(証人高橋尚,同山口令子(以下「証人令子」という。一部),同山本平和(一部)及び原告本人(一部))によれば,以下の事実が認められる。

(1) 昭和60年9月10日,被告係官が原告方に臨場して,本件係争各年分の所得税の申告調査のために来たことを原告に告げた上,申告方法,帳簿の記載状況,領収書などの保存状況,取引銀行,営業時間,料金,材料の仕入先等の事業概況について聴取したところ,原告から,帳面は全く付けていない,領収書など何も取っていないことなどが申し述べられた。

(2) 原告は,右係官の臨場があった後,民商に電話で被告係官が臨場したことを連絡した。

(3) 被告係官は,同年11月26日,原告方において原告に対し,標準的な生活費等から所得金額を検討したところ,申告所得を大幅に上回ることを説明をした際,立ち会っていた民商の山本事務局次長から,令子が家計簿のようなものを付けているが,見せられるようなものではない旨告げられ,令子も家計簿に店のことがメモしてあるがきちっと付けていない旨述べたため,プライバシーの問題も考慮して,右収支ノートの提示を求めなかった。

(4) 被告係官は,同日午後,名古屋西税務署に来署した令子から,生活が苦しいので税金が安くならないかとの相談があったため,同人に対して帳簿書類の提出を要求したが,その後何の連絡もなかった。

(5) 被告係官は,同年12月9日原告方を訪れ,推計により算出した本件係争各年分の事業所得金額を記載した修正申告書を示し,修正申告をするようしょうようした。

(6) 原告は,同年12月20日,山本ら民商関係者とともに名古屋西税務署を訪れ,被告係官に対し,修正申告のしょうようをした所得金額について苦情を申し立てたが,原告が持参していた収支ノートは後日被告係官が見に行くことになった。

(7) 被告係官は,昭和61年1月20日,原告方に赴いて本件係争各年分の収支ノート及びその集計表の提示を受け,それをコピーしたい旨申し出たが,立ち会っていた山本から拒否されたため,被告係官において筆写し,結局,筆写に長時間を要したため検討未了のまま帰署した。なお,その際,収支ノートの記載内容を裏付けるような資料は提出されず,また,収支ノートの記載内容について,原告から何ら具体的な説明はなされなかった。

(8) 被告係官は,右収支ノートの記載内容について検討した結果,正確に記載されていないと判断されたので,推計によって原告の所得金額を把握することとした。

以上の各事実が認められ,右認定に反する証拠(証人令子,同山本平和,原告本人の各一部)は,乙16の記載及び証人高橋尚の供述に照らして採用することができず,他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  そこで,収支ノートの記載内容の正確性について検討する。

(1) 証人令子は,収支ノートは現金,レジペーパー及びレジからの支出を記載したメモ等に基づいて日々記帳していたものであると供述するが,レジペーパー,領収書等は,被告係官の調査時において提示がなかったばかりか,本件訴訟においても,極く一部の請求書のほかは提出されていないので,収支ノートの記載の正確性について,原始資料と対比して検討することができない。

この点について,証人令子は,被告から更正処分をされてしまったので,「もう終わった。持っていても仕方がない。」と思って,全部燃やしてしまった旨供述するが,証拠(証人山本平和)によれば,原告の加入していた民商においては,レジペーパーや必要経費の資料などは保存しておくように指導していることが認められ,原告に対しても同様であったと推認されるところ,前認定の事実によれば,被告から更正処分を受けた時期は,原告が既に被告係官の調査を受けて民商にその旨を連絡し,修正申告について被告係官と折衝をした後のことであることが明らかであるから,この時期において,それまで保存されていたというレジペーパー等の原始資料を右のような理由で廃棄したというのは,いかにも不自然であって措信し難く,むしろ,収支ノート作成の基礎となったというレジペーパー等の原始資料がそもそも存在しなかったか,仮に存在していたとしても,収支ノートとの照合を回避するために廃棄し,あるいは存在するのに提出しないものである可能性を否定することができないものというべく,いずれにしても,収支ノートの記載内容の正確性について,多大の疑問を抱かせるものというべきである。

(2) また,右の点は暫く措くとしても,収支ノートは,その記載内容自体から判断しても,原始資料に基づき,日々の取引をその都度正確に記載したものであるということについては,疑問を抱かざるを得ない。なお,このことは,原告に法律上の帳簿記載義務があつたか否かとは直接関係のない事柄である。また,支出に関する記載の有無も,収入金額の記載の正確性を判断するために意味を有することである。

① 収入金額に関する事項について

イ 理容業は,現金収入が主体となる事業であり,日々の現金残高の照合が売上管理等の上から必要となるものであるところ,収支ノートには差引残高欄の記載が全くないので,これに記載された収入金額等に誤りがないか,あるいは記載洩れがないかという点について,確認することができない。

ロ 証人令子は,原告が臨時休業した場合にはその理由を収支ノートに記載した旨述べているが,収支ノートには,定休日(証人令子によれば,毎月月曜日及び第一,第三火曜日を休日としていたことが認められる。)に該当しないのに収入金額及び臨時休業した旨の記載のない日(昭和57年3月7日,同年8月10日,同年10月20日,同年11月17日,昭和58年9月30日,昭和59年8月19日,同年9月28日,同年11月27日)がある。この点について,証人令子は,土砂降りであったり,来客がなかったために店を閉めたものである旨述べているが,証拠(乙7ないし14)によれば,前記の各日には,土砂降りといえるような天候の日は皆無であったことが認められるし,また,来客がないため店を閉めるとの理由は,必ずしも合理的なものとはいい難く,右供述の曖昧さをも考慮すると,これを措信することはできず,結局,前記各日については,収入金額の記載洩れがあったものと認めざるを得ない。

ハ 証人令子は,原告の理容料金は100円単位であったと述べているのであるから,原告の収入金額には100円未満の端数はつかないはずであるところ,収支ノートには,収入金額に100円未満の端数のついている日(昭和57年2月3日,同年6月2日,同年8月6日,同年9月5日,同年10月4日,同年11月11日,昭和58年4月13日,同年5月4日,同年6月24日,同年10月14日,昭和59年2月25日,同年7月2日)が散見される。なお,収入金額に100円未満の端数がついている日の中には,その日の収入金額に支払金額を合計すると右の端数がなくなる日(昭和57年6月2日,昭和58年4月13日,同年10月14日)もあるが,このことから直ちに,右の端数は,収入金額から支払金額を差し引いた金額記載したために生じたものと結論することはできない。

② 必要経費に関する事項について

証拠(証人令子,原告本人)によれば,収支ノートには必要経費のつけ落ちが多々あることが認められる。接待交際費,消耗品費のうちの昭和59年分のガソリン代福利厚生費の一部,水道光熱費等については,原告自身も推定による金額を主張しているところである。したがって,収支ノートの必要経費に関する記帳は,はなはだずさんなものといわざるを得ない。

③ その他の事項について

イ 証人令子は,収支ノートには,店の売上,店に関係した支払のほか,店に関係した預金の出入をなるべくつけるようにしていた旨述べているが,証拠(甲4,乙3)によれば,たとえば,原告の取引銀行である中日信用金庫浄心支店の原告名義普通預金口座への現金預入額の相当回数について,対応する現金の出金が記載されていないことが認められる。

ロ また,原告は理容業以外に収入を得る途がないので,家事上の費用ないし家事関連費は事業収入から支出されることとなるが,証拠(甲4,証人令子)によれば,収支ノートにはそれらの記載がほとんどされていないことが認められる。

(四)  以上に述べたところによれば,収支ノートの記載内容は,収入及び支出金額とも,信用するに足りないというべきであり,他に原告から本件係争各年分の所得計算をするに足りる資料の提出がなく,かつ,被告係官の調査に対して,原告が必ずしも十分な協力をしたものとはいえないので,被告としては,原告の所得を実額で把握することが困難であったといわざるを得ないのであるから,原告の総所得金額及び必要経費について他に実額を把握するに足りる的確な証拠の存しない本件においては,推計によってこれらを算出することが許されるというべきである。

3  推計方法の合理性について

(一)  推計による課税処分が合理的であるというためには,その採用された推計方法自体に合理性があり,かつ,推計の基礎となった事実の把握が確実にされていることが必要であるところ,証拠(乙1,乙2の1ないし3,証人石川誠治)によれば,本件推計方法は,別紙一記載の抽出基準に基づいて抽出された同業者の従事員一人当たりの収入金額を原告の従事員数に乗じて総収入金額を算出し,さらに右総収入金額に同業者の平均経費率を乗じて一般経費を算出するというものであったことが認められるところ,数人の従業員を雇用する規模の理容業においては,技能や熟練度の異なった複数の従事員が全体としてチームを組み,各構成員が技能に応じて役割を分担し,順次効率的に仕事を仕上げることによって,無資格者などの技術の未熟さを他の者によって十分補い,チーム全体として一定の技術水準と稼働能力を維持しながら効率的に営業し,経営者としては,特段の事情のない限り,従事員の熟練度の構成を最も効率の良い状態において,最小の費用で最大の収益を挙げるように運営するのが通常であり,従事員数と収入金額は概ね対応する関係にあるものと解されるので,従事員数が営業実績に結び付かない特段の事情のない限り,本件推計方法自体は合理的であるというべきである。

(二)  次に,このような推計方法においては,同業者の抽出についての被告の恣意介在の有無,同業者の類似性の程度,売上金額等の算出根拠となる資料の正確性など推計の基礎となった事実から推計の合理性が検討されなければならないところ,右(一)に掲記した証拠によれば,① 本件比準同業者の資料は,名古屋国税局長の一般通達に基づき,別紙一記載の抽出基準により,被告が名古屋西税務署管内から収集したもので,その結果は,別紙二ないし四に示すとおりであり,その選定基準は,業種の同一性,納税地の近接性から推認される事業所の近接性,事業規模(原告の事業規模は後に認定するとおりである。)の近似性等の点において,同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであること,② 右により選定された同業者数は13件と比較的多数であり,個々の業者のある程度の個別的な差異は,包摂され平均化されると考えられること,③ 右同業者の選定に当たっては,抽出基準に合致するものをすべて収集したものであり,その数値について作為を加えていないこと,④ 右同業者はいずれも年間を通じて事業を継続する青色申告者であって,その申告は確定しており,資料の正確性が担保されていること,以上のとおり認定,判断することができ,これによれば,本件推計方法は合理性を有するものということができる。

(1) 原告は,本件推計の基礎となる資料は,いわゆる通達回答方式によって収集されたものであり,抽出された同業者は,符号で呼ばれ,その住所,氏名等が一切明らかにされず,各同業者の青色申告書すら証拠として提出されないので,原告から反証を挙げることができないので,このような方法によって原告の所得を推計すること自体が許されない旨主張する。

しかし,右のような事項を明らかにしないのは,国家公務員法100条1項,所得税法243条所定の税務職員に課せられた守秘義務に基づくものであることが明らかであるところ,被告における同業者の抽出選定及び右同業者の数値について作為を加えていないことは前認定のとおりであり,また,右の方法では被告の課税手続の公正が把握し得ないような特段の事情も認められないので,被告主張のような事情をもって,本件推計方法を不当,不合理なものということはできず,右の主張は採用することができない。

(2) 原告は,本件推計方法においては,理容業において通常その所得金額を左右すると思われる重要な要素である筈の,従業員の中で理容師免許を持っている者の数,店舗面積,椅子の数,料金体系,駐車場の有無などが全く考慮されていない旨,原告の近所に低料金システムの理容店ができて顧客が減少したのに,類似同業者について右のような事情があるとの証明がない旨,及び原告は,薄利多売の経営方針で営業しているのに,顧客が他の店に比べて多かったか否かは調査されていない旨主張する。

しかし,類似同業者として,ある程度の数の同業者が確保されている限り,業者間に通常存在する程度の営業条件の差異による売上金額の差異は,その平均化により捨象して妨げないものであって,納税者の個別的営業条件は,それが平均値による推計自体を不合理ならしめるほどに特異なものでない限り,斟酌することを要しないと解されるところ,前記のとおり,被告により選定された同業者数は13件と比較的多数で,個別的差異が包摂され平均化される程度のものであって,原告の主張するような各要素は,いずれも一般的事情に過ぎず,右の意味での特異なものとはいえないので,右の主張は採用することができない。

(3) さらに,原告は,別紙一の抽出基準のうち納税地を西区地内に有する者とした点を問題にするが,納税地が西区地内にある者の店舗は,西区内又はこれに近接した地内内にあるものと推認することができるので,本件において同業者の類似性を判別する要件として,右基準は不合理なものとはいえず,右の主張は採用することができない。

(三)  ところで,被告は,本件推計に当たり,原告の店舗の従事員として神谷及び令子をそれぞれ一人と計算しており(ただし,神谷については,昭和59年7月から同年12月までの半年であるので年間0.5人),原告は,令子及び神谷を一人として計算したことは不合理である旨主張するので,右両名について,前記(一)に述べたような特段の事情が存したか否かについて検討する。

(1) 証拠(甲4,証人令子,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,① 原告の店舗には,本件係争各年を通じて椅子が四脚あり,従事員としては,昭和57年が原告,本庄,横山,棚橋,令子及び神谷(ただし,同年7月から),昭和58年及び昭和59年が原告,本庄,横山,令子及び神谷であったこと,② 右のうち令子及び神谷を除く従事員は理容師免許を有していたこと,③ 原告は,知人に頼まれて昭和57年7月から昭和59年12月まで神谷を雇用し,店内の掃除,タオルの洗濯,他の従業員の食事の支度などに従事させており,給料及びボーナスとして,他の従業員の半額程度を支給していたこと,④ 令子は,店内の掃除,従業員の食事の支度,タオル蒸し,タオルやクロスの洗濯,帳簿(収支ノート)の記帳等に従事していたが,昭和59年8月2日に次女順子を出産したこと,⑤ 令子は,係争各年度において,事業専従者控除を受けていたこと,以上の事実が認められ,右認定を左右するに足りる証拠はなく,また,右認定以外の事情については,これを認めるに足りる証拠はない。

(2) 右に認定した原告店舗における無資格者の割合,令子及び神谷の従事していた仕事の内容,特に店内の雑用にとどまらず事業に付随する仕事として住込みである他の従業員の食事の支度もしていたこと,神谷への給与等の支給状況,神谷の雇用期間,令子については事業専従者控除を受けており事業に専従していたことが推認されること,昭和57年6月までは有免許者4人と無免許者1人で営業していたことなどの事情を総合勘案すれば,同人らが店舗の従事員のチームとしての稼働能力を分担し,直接間接に営業実績に貢献していたものと評価するのが相当であるが,その割合は,神谷については,本件係争各年を通じて0.5人(したがって,昭和57年分は0.25人となる。)と認めるのが相当であり,また,令子については,昭和57年及び昭和58年は1人,昭和59年は,出産前の1月から7月までが1人,出産後の8月以降が0.5人程度,したがって年間を通じては0.8人と認めるのが相当である。

被告は,原告が神谷に対し給料のほかアパート代,食費,電気代等を支払っていたことから,これに対応する労務の提供を受けていたと判断される旨主張するが,証拠(甲4,証人令子,原告本人)によれば,原告は,神谷以外の従業員についても同様に給料に加えてアパート代等を支払っていたと認められるので,アパート代等を支払っていたからといって,神谷を1人前の従事員として数えることは適当ではないというべきである。

(四)  以上によれば,原告の従事員数は,昭和57年度が5.25人,昭和58年が4.5人,昭和59年が4.3人と算定すべきこととなり,被告の推計方法は,従事員数については過大に失すると考えられるので,本件各係争年分の収入金額及び一般経費は,次のとおりとなる(なお,1円未満の端数は切り捨てる。)。

(1) 昭和57年

① 総収入金額 13,088,607円

(従業員一人当たり収入金額)×(原告の稼働従業人員)=(総収入金額)

2,493,068×5.25人=13,088,607円

② 一般経費 3,320,579円

(総収入金額)×(経費率)=(一般経費の額)

13,088,607円×0.2537=3,320,579円

(2) 昭和58年

① 総収入金額 11,307,658円

(従業員一人当たり収入金額)×(原告の稼働従業人員)=(総収入金額)

2,512,813円×4.5人=11,307,658円

② 一般経費 3,060,983円

(総収入金額)×(経費率)=(一般経費の額)

11,307,658円×0.2707=3,060,983円

(3) 昭和59年

① 総収入金額 10,494,210円

(従業員一人当たり収入金額)×(原告の稼働従業人員)=(総収入金額)

2,440,514円×4.3人=10,494,210円

② 一般経費 2,707,506円

(総収入金額)×(経費率)=(一般経費の額)

10,494,210円×0.2580=2,707,506円

4 特別経費について

(一)  本件係争各年分の特別経費の内訳のうち,人件費の額,借入金利子の額,建物償却費の額及び地代家賃のうち被告主張の額までは,当事者間に争いがない。

(二)  原告は,所有自動車を業務や従業員の福利厚生に使用していたので,車庫賃料も必要経費と認められるべきであると主張し,証拠(証人令子)にはこれに沿う部分もあるが,右証拠によれば,原告は令子が自動車運転免許を持っていたことから,家族のために自家用車を購入したものであり,しかも買物等の家事用にもこれを使用していたことが認められるところ,本件全証拠によっても,原告が右車両を業務や従業員の福利厚生に使用した内容・頻度は明らかでなく,結局業務ないし福利厚生のための使用の割合が明らかではなく,右経費の主たる部分が事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であるとも,その必要である部分がそうでない部分と明らかに区分されているともいえないのであるから(所得税法45条,同法施行令96条),係争各年分の自家用車の車庫賃料は,地代家賃として事業上の必要経費に当たるものということはできない。

したがって,本件係争各年分の特別経費の額及びその内訳は,いずれも被告主張の額であると認められる。

5 事業専従者控除額について

本件係争各年分の令子の事業専従者控除額については,当事者間に争いがない。

6 まとめ

(一)  事業所得の金額

以上に説示したところによれば,原告の本件係争各年分の事業所得の金額は,昭和57年度分については,総収入金額13,088,607円から一般経費額3,320,579円,特別経費額5,822,821円,事業専従者控除額400,000円を控除した3,545,207円となり,昭和58年度分については,総収入金額11,307,658円から一般経費額3,060,983円,特別経費額4,934,658円,事業専従者控除額400,000円を控除した2,912,017円となり,昭和59年度分については,総収入金額10,494,210円から一般経費額2,707,506円,特別経費額4,970,267円,事業専従者控除額450,000円を控除した2,366,437円となる。

(二)  総所得金額

原告の本件係争各年分の所得がいずれも全て事業所得であることは,当事者間に争いがないので,右(一)の事業所得の金額が総所得金額となる。

(三)  実額の主張について

原告は実額の主張をするが,収支ノートの記載内容が信用するに足りないものであることは前記のとおりであるし,他に右主張事実を認めるに足りる証拠はないので,右の主張は採用することができない。

(四)  以上のとおりであるから,昭和57年分の更正及び賦課決定は,原告の総所得金額の範囲内でされたもので適法であるというべきであり,また,昭和58年分及び昭和59年分の更正及び賦課決定のうち,昭和58年分の総所得金額2,912,017円の範囲内でされた部分及び昭和59年分の総所得金額2,366,437円の範囲内でされた部分は,いずれも適法であるが,右各金額を超えるとしてされた部分は,いずれも違法であって取消を免れないというべきである。

三  結論

よって原告の本訴請求は,昭和58年分の更正及び賦課決定のうち,総所得金額が2,912,017円を超えるとしてされた部分,及び昭和59年分の更正及び賦課決定のうち,総所得金額が2,366,437円を超えるとしてされた部分の各取消を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用につき行政事件訴訟法7条,民訴法89条,92条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 後藤博 裁判官 入江猛)

<以下省略>

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